独り、ではなかった

この日も色々な意味で忘れ難いコンサートとなりました。
終わってからしばらくは余韻に浸り
翌日は未熟な自分を反省し
まだまだ足りないと思っています。

忘れられないというのは、
やればやるだけの結果が得られ
その結果から、さらにやらなければならないことが
眼前に突きつけられるから。
独りだと、当たり前だけれど全部自分に返ってくる。
波の大きな日々でした。

でも、ほんのひと時の至福を得られたのだから
良しとしよう。

演奏していて、受け入れられてると感じられる
そういうことがあるからこそ、続けていける私です。

もう会うことはなくなったけれど、ある時期を共に過ごした沢山の仲間のことも忘れないし、ずっと感謝してます。

出会い、離れ、また再会する。
そんな中で、自分自身はこれからも変わらず音を奏でていきたいと思う。

若い頃はがむしゃらに演奏の場を求めて
出向いたり
出会いに行ったり
名前を売ろうとしたりしていた。
40を過ぎた今、
運命に背中を押され続けている様な
そんな気がしてならない。

それは、願っていた事でもあり
思っていた以上の苦しみを伴う事でもあり
でも、それを正面から受け止めていこうと決めました。

とても不思議な事なのだけど
久保惣での演奏、
始まってしばらくするとふいに、背中から腰にかけて、何か暖かい気配がずっとあって
緊張感ではなく、足が震えたのです。

が、のちに安心感に包まれました。

ありがとうございました。