作品に何を求めるのか

今までにないくらい練習しています。

やればやるほど改善していくからさらにやる気になる。

 

その反面、自分と向き合って自分の音を突き詰めた先に聴こえてくる音もある。

それがもう気になって気になって気が狂いそうになっていた。

なぜいままで放ったらかしてきてしまったのだろう。

後悔が自分に襲いかかる。気になって再び聴くと更に気になる音。

クラシックギターの世界ではこれを「雑音」という。演奏者はほとんどこの音を出さない。

CDで聴くとその雑音は一つもないのだ。

そんなはずない、ゼロなんておかしい。きっと差し替え編集しているに違いない。

ほとんどのクラシックCDはミスを修正している。カラヤンでさえ編集していたと某エンジニアが言っていた。

クラシックCDは絶対に生で聴くよりも感動しないし、繰り返し聴きたいと思わないのはきっとそういう「加工品」的要素があるからではないかと僕は思っている。

 

そんなことはいいとして、自分が放つこの雑音はどうしてくれよう。

あ、そうだ。自分が最も影響を受けたあの人の音を聴いてみよう。

 

結果

 

その人の雑音は至る箇所で盛大に鳴り響いていた。それどころかミスタッチなどのオンパレードなのだ!

むむむ。。。

 

結論

 

自分が今まで人の演奏で気にならなかったことは、自分の演奏でも気にしない方がいい。

 

それはジャズ系のギタリストがクラシックギターを弾いているアルバムなのだが、本当に素晴らしいアルバムで何度も聴いてきたものなのだ。

「雑音」というテーマのもとに聴いてみると、いたるところにそれは聴くことができた。

しかしそこには、それを超える「美しさ」と「リアリティ」があった。

ありのままの音、人間がむき出しになったような音こそが、自分の追い求めてるものなのだ。

 

それを知った今、怖いものがまた一つ減った。

俺は隠さないぞ。